モントットーネ村から

第12号 イタリアのかかとにて

2004年7月12日

↑友人の家

 六月の末に四日ばかり、南イタリアに遊びに行ってきました。プーリア州、イタリア半島ブーツのかかとです。バーリ県のモーラ・ディ・バーリ(Mola di Bari、世界遺産アルベロベッロの近く)の友人M宅に二泊、さらに南、レッチェ県のガラティーナ(Galatina)に一泊の短い旅です。
 イタリアに来てから、「いいな」と思ったのは、サイドハウスを持っている、もしくは人を呼んで泊めるだけの余裕のある大きな家を持つ友人が三人に一人はいて、しばしば、友人の家泊の旅が企画できることです。しかも御国自慢の人々ばかりなので、「絶対、泊まりに来い!こんな美しい場所はないから!」とただのご挨拶ではなく、喜んで招待してくれるのです。

特に南イタリアの人々は、客人への厚いもてなしで有名です。Mの家に滞在した三日間、ソムリエであるMの姉の恋人の存在もあって、スペイン・ポルトガル・イタリア全国のおいしいワインと料理ぜめにあいました。辛い半生のサラミと、ナスの酢漬け、チーズ各種、パエリアなどをつまみに飲んでは、庭の木陰のハンモックで寝、起きては海にゆき、疲れて帰れば、また食事が待っているという王様のような暮らしをおかげですることが出来ました。

 今回の旅はマルケの友人Eが企画したもので、彼の目的はガラティーナの町で年に一度見られるという「Pizzica(ピッチカ)・タランチュラ踊り」の祭りでした。物の本によれば、「ピッチカ」とは毒グモのタランチュラに噛まれて気の触れてしまった女性を中心とする患者たちが、年に一度の聖パオロの祭日(6月29日)に町の広場に集まり、タンバリン、アコーディオン、バイオリンの奏でる音楽に合わせて、一晩中踊り続けるダンスのことをいいます。踊り続けて、その内にトランス状態になり、地面に倒れた患者たちは、ある教会に運ばれ、そこの聖水を浴びることによって、タランチュラの毒から解放されるという伝説があるのです。
 ただし、別の説によれば、この踊りはキリスト教伝来以前からの数千年の歴史をもつ古いもので、普段は家庭に閉じ籠もりぱなしの(閉じこめられていた)女性たちが、年に一度、自己を喪失するまで踊り狂って、ストレスを発散するための機会であったともいわれています。この説によれば、タランチュラに噛まれたと言うのは、ひとつの言い訳だと言うわけです。多分、こちらの説のほうが本当でしょう。


 さて、実際の「ピッチカ」↑ですが……トランス状態に入った女性は眼にすることが出来ませんでした。ですが、僕はイタリア滞在約5年目にしてはじめて、いわゆる「ラテンな」イタリアの祭りを眼にした思いがしました。
 夜も深まったころ、街の広場にどこからともなく楽器を手にした人々が集まりはじめ、若い娘たちを中心にして、踊りが始まります。単純ながら力強いリズムがひたすら繰り返されます。観客の輪の中で、円を描いて踊り続ける彼女たちはえらく魅力的でした。やがて男達もそこに加わり、二人一組で踊りはじめます。楽隊の若者たちが、僕には理解不能な方言で「ガラティーナ節」を唄いだします。それを嬉しそうに眺めるガラティーナの老人。踊り子たちが後に下がると、今度は男二人で、格闘のまね事をしながらの踊りが始まりました……これが、延々と繰り返されました。僕らは途中で宿に帰りましたが、彼らはきっと朝まで踊り続けたことでしょう。実にいいものを見させてもらいました。
 

こんな祭りが昔は、きっとどこにでもあったのだろうと思います。モントットーネ村でもお祭りはなんどかありますが、大概は村の広場に今風のポップ・ミュージックのバンドを呼んで、大音量の演奏を聴きながら食事をするだけです。若者はそこそこ楽しんでいますが、老人たちはステージを前にテレビでも眺めるように、ただ座っています。「昔はほとんど村から出ることがなかったが、楽しいことがもっとあった」という話を村の老人に聞かされたことがあります。ピッチカを眺めながら僕は、モントットーネの祭りも昔はこんな風にもっと楽しかったんではないかと思い、すこし残念な気持ちがしました。



 旅の最終日はイタリア半島最東端の海に行きました。写真の場所は天然のプールになっていて、海とは小さな洞窟でつながっています。マルケ州の海は同じアドリア海でも、ここまで水が澄んでいません。久しぶりに綺麗な海を見た僕は有頂天になり、調子に乗って高い岩から飛び込みなどをして、少々腰をいためました。
 実に美しい場所ですが、ガイドブックにはまだ載っていないようです。プーリア州においでの際は「イタリア最東端」をキーワードに付近50キロの海岸線を探してみて下さい。穴場は穴場にしておきましょう!




モントットーネより
飯田 亮介


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