モントットーネ村から

第10号 ロベルトのおとっつあんが言うことにゃ

2004年3月25日

 ロベルトのおとっつあんが言うことにゃ
「おれたち農民は、カネは無い。だけど、食べるものだったら最高のものがそろっとる。」
写真の右がロベルト。まんなかがその親父さん。左はロベルトの姉さんの娘です。テーブルの上にあるのは、自家製のヴィーノ・コット(煮詰めたワイン)とつまみの堅パン風豆入りビスケット(甘さ控えめの硬い鳩サブレーか)です。

 車が無いと隣の村にも行けない、陸の孤島モントットーネ村で出来る数少ない娯楽の一つが、「散歩」です。これまでわたしは村周辺の散歩コースをいくつか開拓してきました。丘の上にある村ですから、都合、起伏の激しいハイキングコースのようなものばかりですが、そのなかでも良く歩くのが、このロベルトの家があるエスキート通りです。
 先日、通りに散歩に行った時、家に招かれて「何をのむ?」とロベルトのおとっつあんが取り出してきたのが、この自家製のヴィーノ・コットでした。ヴィーノVINOは「ワイン」、コットCOTTOは「煮た・煮えた」という意味です。「うちの畑でつくったブドウのワインを煮詰めて、70年ものの樽で寝かしたもんだ」というこのお酒、ウィスキーくらいの度数の実に美味いものでした。味を敢えて例えれば、ワイン味の梅酒でしょうか。これはいくらお金があっても買えません。「市販の酒にはなにが入ってるか分かりゃしないが、うちのは正真正銘、ブドウだけだ」というおとっつあんの誇らしげな言葉に深くうなづき、ロベルトの家でしか飲めない世界で唯一の味を堪能しました。
 ほろ酔い加減でドアを出て、散歩を続行しようとした時、家のなかから音楽が聞こえてきました。小型アコーディオンの奏でるワルツです。一緒に出てきたロベルトに「あれは?」ときけば、おとっつあんが弾いてるというじゃありませんか。彼にそんな粋な趣味があったとは!
 まるで何かの旅行番組に出てくるような、まるで嘘のように素敵な田舎の昼下がりが、そこには本当にありました。
 ロベルトの家は農家で、オリーブ畑、ブドウ畑、麦畑、その他の野菜に、ウサギから七面鳥から何でもあります。いつかウサギの肉をもらいに行った時は、おっかさんが目の前でカゴの中からウサギをつかみとって、おとっつあんと二人で手早くしめ、皮をむいて、渡してくれましたが、ウサギと言うのは耳を握ってつかむものだと言うことを知って、妙に感心したのを覚えています。考えてみれば当たり前ですが。それまでは、ウサギと言うものは猫のように首根っこをつかむものだとばかり思っていました。
 スーパーでしか肉を買ったことの無かったわたしは、おそるおそるそのシーンをながめていましたが、同時に、「肉を食うからには、鶏くらいは自分でしめられるようになりたいもんだ」ってなことも改めて思いました。 (写真は、カゴから逃げ出した半野良ウサギ。おとっつあんも「銃で撃つのはなんか、忍びなくてねえ。そのまんまさ。」とのことです。)「肉をたべる」ということは当然ながら「殺した動物の肉を食べる」ということです。当然のことではあるものの、「わたしたちは動物を殺している」という実感を持つことの出来る都市生活者がどれくらいいることでしょう。スーパーで売っている肉のパッケージは、「死んだ動物の肉」ではなく、なにかの工業製品のようです。牧場にいるヒツジたちを見て、「わあ、可愛い」と思うことはあるとしても、「わあ、うまそう」と思ったことはわたしの場合ありません。多くの人もそうだと思います。だけどただ「可愛い」と思うだけでは、なにか、おかしい気がするのです。
 かわいい羊をみて、「わあ、うまそう」と思う必要はないのかもしれません。ただ、わたしたちがその命を奪ったうえで食べていることを自覚し、「ありがたい」とおもい、「食べる」そして「生きる」ということについて、時々考えてみることは必要ではないかと思います。
 「わくわく動物ランド」「動物愛護」「ふれあい牧場」など、なんとも動物に「やさしい」環境に育ってきた自分ですが、それゆえ知らずに育ってきた「食べて生きる」ことの意味がいくつもある気がします。

  


 




モントットーネより
飯田 亮介


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